井上農場(山形県鶴岡市)

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自分で作った『作品』を、お客様に責任をもって届けたいんだ。

山形県の庄内地方は日本でも有数の米どころ。月山と鳥海山のふもとに広がる平野には見渡す限りの田んぼが広がります。寒暖の差が大きく、月山の豊かな雪解け水がおいしいお米を育みます。今年から新しくお付き合いがはじまった井上農場があるのは庄内平野のほぼ中央。稲刈りの真っただ中、井上さんにお会いしてきました。

農協に頼らない生き方

代々この地で米作りをしてきた井上家。馨さんが跡を継いだのが48年前。そのころは農協に所属し農薬や化学肥料を普通に使用する『慣行栽培』でした。
「戦後の食糧難を解決するために、大量生産は必要だった。農協が生産を管理してくれるから、農家も農協のいう通りにやっていれば安定した収入を得られたんだ」とおっしゃる井上さん。実は農協役員として活躍し会長まで務めました。「農協と農家がともに発展していけるよう、いろいろ頑張りました。」と井上さん。

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井上馨さん。二人のお子さんも一緒に米作りに携わっています

しかし、現実は厳しく、農業だけで生計が立たず他の仕事と兼業したり、冬場には出稼ぎに出たりする農家がほとんどでした。「兼業で米以外の収入があるのは魅力だけど、どうしても米作りに気持ちが集中できない。それじゃあ良い米なんか作れないよ。」と、農業の自立の必要性を感じるようになりました。
そして、農協に深く関わるほどにその仕組みに限界を感じたそうです。農協のいう通りに作物を作りさえすればよい、といった「農協依存」の農家たちを目の当たりにし、「農協は本当に農家のためになっているんだろうか」と疑問を持ちはじめました。農協の会長でもあり、農家でもある井上さんだからこそジレンマは大きかったのかもしれません。

また、「作ったお米は農協に納めた後、他の人が作った米と混ぜられちゃうんだ。それがどうしても納得いかなくてね。自分で作ったお米はいわば自分の『作品』。それをちゃんと評価して買ってくれるお客様と直接向き合いたかったんだよ。」そんな思いもあって農協を離れ、自立農家としての道を選んだそう。

「自分で農業を継続していきたい。おいしい米を作り、販路を開拓し、農家として自立しないと未来はないって思ったんだよ。もちろんそれは簡単なことじゃなかったけどね」と井上さん。自立への強い思いで行動をおこしたのです。

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敷地内の大型施設「ライスセンター」。ここで乾燥、脱穀、調整を行います

農薬や化学肥料に頼らない米作り

「米作りについて改めて勉強しました。この辺は全国でもトップレベルの米どころだけど、そのことに安心しちゃっている感じがあった。もっと外に目を向け、全国の米農家がどんな作り方をしているのか知りたくて、『全国稲作経営者会議』に参加するようになりました」さらに庄内でも自分と同じような考えを持つ農家を集めて「藤島フロンティアクラブ21」を立ち上げ、農薬や化学肥料を使わない米づくりについての勉強会を主宰してきました。

研究と試行錯誤を繰り返し、発酵鶏糞や焼酎粕を主体にした堆肥で土をつくったり、糖蜜や海藻エキス、椿油等をブレンドして散布するなど、独自の方法で環境にやさしく安心して食べられるお米を作り、全国のお客様に届けています。評判は広がり、関東エリアの料亭や飲食店からも多く引き合いがあるそう。そのおいしさと品質は全国 米・食味分析鑑定コンクールでの数々の受賞歴(全国3位、特別賞2回)でも証明されています。

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今年もおいしいお米が実りました

現在、井上馨さんを中心に41ヘクタールもの田んぼを家族やスタッフ約10名で切り盛りしています。敷地には乾燥、脱穀、調整まで行える「ライスセンター」や体育館のように大きな冷蔵庫がある大規模農家です。
「最後にやった兼業の仕事は除雪車だったな。もう15、6年前かな。そのあとは100%米作りだよ」とおっしゃる井上さんの笑顔は、米農家としての誇りと自信に満ち溢れていました。
今年は台風被害に遭うこともなく豊作とのこと。井上さんのおいしい『作品』を是非オーガニックキッチンのお弁当で味わってくださいね。

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雄大な鳥海山をバックに稲刈り